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福岡高等裁判所 昭和28年(う)869号 判決 1953年8月14日

控訴人 被告人 山崎源三郎

弁護人 田中廉吉

検察官 宮井親造

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人田中廉吾の控訴趣意は記録に編綴されている同弁護人提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

同控訴趣意第一点について、

しかし、原判決が証拠によつて適法に認定した被告人が原判示新聞紙「松浦新聞」に掲載した論旨摘録にかかる記事の内容が、公職選挙法第二百三十五条の二第二号にいう、選挙に関する報道をし、及び選挙に関する評論をしたものであることは、その記事の内容自体によつて極めて明白であるから、右新聞紙に掲載した記事が選挙に関する報道及び評論に当らないことを前提として、原判決に事実誤認の違法があるとの論旨は理由がない。

同控訴趣意第二点について、

案ずるに、公職の選挙に際しては、いわゆる選挙目当の新聞紙が、ともすれば、選挙に関する報道又は評論等の記事等において、特定の候補者と結びついて当選を得せしめる目的でこれを支援し、又はその反対候補者に当選を得せしめない目的で、これに対して故意に批難攻撃を加えこれを妨害する等、種々の弊害を伴い、選挙が選挙人の自由に表明した意思によつて、公明且つ、適正に行われることを阻害するおそれが多いので、公職選挙法は、選挙の公正を期するため、第百四十八条において、選挙運動の期間中に限り同条第三項所定の、一定の条件を具備する新聞紙を、同法にいわゆる新聞紙として、選挙の公正を害する場合の外、選挙に関する報道及び評論を掲載することの自由を保障するとともに、第二百三十五条の二第二号において、右一定の条件を具備しない新聞紙に対しては、一律に、その記事の内容が選挙の公正を害し若しくは害するおそれのあると否とを問わず、選挙運動の期間中、当該選挙に関して一切の報道又は評論を掲載することを禁止したものと解するのが相当である。

ところで、原判決が適法な証拠によつて認定した事実は、被告人は第三種郵便物の認可をうけない新聞紙「松浦新聞」の編輯竝びに経営担当者であるところ、昭和二十七年十月一日施行の衆議院議員選挙に際し、その選挙運動期間中である同年九月二十九日頃、自宅で原判示のような該選挙に関する報道及び評論を掲載した同新聞紙の判示号外紙一万五千部を編輯発行し、これを判示のとおり一般人に配布したというのであつて、被告人が編輯発行した、「松浦新聞」は公職選挙法第百四十八条第三項所定の条件を具備しない新聞紙であるのに選挙運動の期間中、当該選挙に関して報道及び評論を掲載したのであるから、前段説明したところによりその掲載した記事の内容が、当該選挙の公正を害し若しくは害するおそれのあるものであるかどうかを問わず、被告人の右所為は、同法第二百三十五条の二第二号の規定に該当し処罰を免かれ得ないものといわねばならない。してみれば、原判決が、前記認定した事実に対して右法条を適用処断したのは正当である。

つぎに、前記説明のとおり、公職選挙法第二百三十五条の二第二号の規定が、同法第百四十八条第三項所定の条件を具備しない新聞紙に対して、選挙運動の期間中、その記事の内容が毫も当該選挙の公正を害せず、若しくは害するおそれのない、むしろ、所論のように、たんに、公明選挙に協力しこれを推進するためのものであつても、ただそれが当該選挙に関する報道又は評論であるというたけの理由で、その掲載を禁止するのは、言論の自由を制限するものに外ならないが、憲法第二十一条は、言論、出版等その他一切の表現の自由を絶対無制限に保障しているものではなく、憲法第十二条、第十三条の規定によつて認められるように、公共の福祉のために、その時、所、方法等において、合理的制限の存することを容認するものであり、冒頭説明の理由の下に公職選挙法第二百三十五条の二第二号の規定を設けて選挙運動の期間中、前掲一定の条件を具備しない新聞紙に対して、当該選挙に関する一切の報道又は評論を掲載することを禁止することは、選挙の公正を期し、民主政治の健全なる発達を図る公共の福祉に合致するものであるから、右規定の設けられた結果として、言論の自由に制限をもたらすことがあるにしても、同規定を以て所論のように憲法に違反するものということはできない。これと同趣旨の解釈の下に、同法条を適用した原判決は、正当であつて、所論のように法令の適用を誤つた違法は存しない。論旨は理由がない。以上説明したとおり、本件控訴は理由がないので、刑事訴訟法第三百九十六条に従い、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西岡稔 裁判官 後藤師郎 裁判官 大曲壮次郎)

弁護人田中廉吾の控訴趣意

原判決はその理由に於て罪となるべき事実として、被告人は第三種郵便物の認可を受けない新聞紙松浦新聞の編集並経営者であるところ昭和二十七年十月一日施行の衆議院議員選挙に際しその選挙運動期間中である同年九月二十九日頃肩書自宅に於て、俄然!饗応買収現るの見出のもとに「衆議院議員選挙も余すところ二十九、三十日の二日云々公明選挙の掛声をヨソにこの紛戦模様と候補者運動員の足掻きは必死的に選挙違反を誘発司直の活溌と相俟てこれ等の違反は日毎に激増している云々目下当局の取調を受けている主なる違反は次の通りである△某候補後援会長現県議某は買収容疑によりその筋で目下厳重取調中云々」等該選挙に関する報道及評論を掲載した同新聞………一般人に配布したものである。との事実を認定し右事実は公職選挙法第二三五条の二第二号に違反するものとして有罪の言渡をした。併し

第一、原判決が認定した前掲事実殊に押検第一乃至四号(松浦新聞号外)によるも公職選挙法第二三五条の二第二号に云ふ選挙に関する報道及評論には当らないと思料する報道とは具体的事実の報道であり評論とは論評と解する。

押検第一乃至四号によればその結論の示す如く被告人は公明選挙の掛声とは反対に冒頭記載の如き幾多の悪質選挙違反が発生し当局の取調を受け選挙の公正が涜されつつあるが故に「一般の自覚と認識公明選挙への協力要望………公明選挙を収める為候補者運動員並一般人の自覚認識とを強く要望し以てその警告を発し公明選挙を行わしむべく啓蒙運動を為したるものである事洵に明瞭と云わなければならない。

原判決は被告人が配布した号外の片言隻句を捕へ以て報道及評論を為したものと断じてゐる凡そ意思の表現はその全般を通じてこそ判断すべきであつて片言隻語を採て以て之を論ずべきでない事は多言の要なきところである押検第一乃至四号によれば何等報道及論評に当らず社会の木鐸たるべき新聞人として黙視するに忍びずその指命に基き公明選挙を行わしむべく候補者運動員及一般人に警告し啓蒙を試みたるものである事を充分に観取せらるる。

況んや原判決の認定事実それ自体すら報道及評論とは言い得ないと思料する。原判決には事実誤認の違法がある。

第二、(1)  公職選挙法第二三五条の二第二号は特定の政党又は候補者を支援し又はその当選の妨害となるべき新聞雑誌の発行を禁止するの法意と解する。これ等の文書は所謂選挙目当の朦朧新聞雑誌であつて選挙の公正を害する事多きが故である。

松浦新聞は被告人の原審公判廷の供述及検察官に対する供述調書によるも果又原判決の理由説明中「然るに被告人は斯くの如き認可を受け得たのに拘わらずこれが認可を受けなかつたのである」との説明によつても明かである如く選挙目当の朦朧新聞ではないと共に押検第一乃至四号は警告啓蒙の文書であるその内容自体何等選挙の公正を害すべきものではない。

(2)  公職選挙法第二三五条の二第二号は公明選挙を行わしむべく警告を発し啓蒙を為した押検第一乃至四号の如き文書の編集発行すらも禁止するの法意ではないと思料する。若し仮りに之等の文書すらも禁止するの法意であるとするならばそは憲法第二十一条に違反する無効の法令と解する。又公職選挙法第二三五条の二第二号が選挙目当の朦朧新聞雑誌と松浦新聞の如き然らざるもの(松浦新聞が選挙目当の朦朧新聞でない事は(1) に於て述べた通りである)とを画一的にその編集発行を禁止するの精神であるとするならば之亦憲法第二十一条に違反する無効の法令と解する。

選挙目当の朦朧新聞雑誌は公共の福祉の為之を制限する事或は可ならんもその然らざるもの迄も制限する事は正に行き過ぎと言わなければならない。即ち原判決は法令の適用を誤つた違法がある。

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